杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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ところで、Red Wingのブーツを購入。本日11月20日に自宅に届く。履き心地は最上。何か、履いてるだけで体のバランスが良くなる感じ。あと、作りが良過ぎる。頑丈且つ繊細。汚れたり壊れたりしてもちゃんと手入れをして永らく使おうという気になる。値段も特別安価ではないが特別高価でもない。買い得。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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それを無様と云うのは、その「ファック」すらも私は嫌っているという事である。私が女性一般に嫌われるのは、「頼むからそれが自分らに対する同情心だと気付いて」という女性からの懇願も其処に込められているという事だろう。ファックユー。この文章もその様に同じく「同情」である。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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ヒトのオスの、そういうヒトのメスの肉体を欲するという欲望が、男性を社会的強者足らしめているという事である。ヒトのメスはあまりそういう欲望を抱かない。女性達の、「私の存在、私自身、私を見て」というその様な希望的観測の如きのものは、「は?ファックユー」と却下されて終わり。無様。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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「人種差別は悪い」がテーゼとして絶対的前提になっているとおかしな解答が導き出される。何故差別が起こるのか、差別とは何か、といった事についてブタ共は考えない。ヒトの行動は全て外敵から身を守る為。その意味で、我々ヒトのオスは「ヒトのメスで鑑みていない」。集団洗脳に付き合う気は無い。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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2s
美徳と悪徳の区別の付かない者は、容易に問題を「それから捨象して」人間関係(のそれ)へと(問題を)釣り込む。彼らは一般的に「ブタ」と呼ばれ、時代に拠りそれはユダヤ教徒の人々であったり無条件降伏下に生きる現代日本人であったりし、生成AIに人格が存すると仮定するとそれも例外ではない。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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こちら側は敵の価値承認を求めていない。敵は殺すだけである。敵のステータスを知る事は効率的に敵を殺す為であり、敵に拠るこちらに対する評価(自体)は意味を為さない。敵が自らが是認されていると見做しているかもしくは自らが是認されていないと見做しているかという所に攻撃の本質があるだろう。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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その様に、無様にも太平洋戦争開戦時における旧日本軍の真珠湾特攻というのは「人的資本管理」(の試み)の最たるものである。では、お望みとあらば、という事で、日本の国土は容易に焼き払われた。殺し合い、管理の為の管理とはそういうものである。ブタ共は身の程を知った方が良い。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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敵はこちら側を問答無用で「食い物」に出来ているのが最も都合が良い訳である。それが何らかの要因に拠り解除された場合、つまりこちら側が敵方を問答無用で「食い物」にする状況が訪れた場合、敵はこちらに「宣戦布告」を行ってくる。それに拠って「人的資本管理」へと釣り込もうとする訳である。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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2s
人的資本管理論などというものは、ヒトの生物学的な自己同一性について現代社会化して物語っているだけの如きものである。そこでは、「ダメなものはダメ」ではなく「ダメな奴はダメ」という事が主張されているに過ぎない。人種差別的管理論などと云えば、お笑いであり、聞こえも良いであろう。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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2s
今年のノーベル経済学賞を受賞したMITのアセモグル教授に拠る、国家間の貧富の差についての考察。それは社会制度だけではなく、それに対して(も)波及を及ぼすヒトにおける生物学的な自己同一性以外のもの全て(において)という事。…云ってしまえば、「ダメなものはダメ」という事でもあるだろう。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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2s
特定の対象である何らかの客体へのコミットメントが強い人間程、人的資本管理の類のものへと吸着される。人は社会を構成して生きているが故、それに連なり、連中は「他人の事が気になって仕方が無い」「他人にどう思われているか気になって仕方が無い」。俗ブタの典型。日本人の著名人や芸能人に多い。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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Now
斎藤元彦氏の再当選に関して、「大手メディアの敗北…」と報道を垂れ流す大手メディア。「敗北」したのは連中大手メディアではなく「悪党」。これを「反社会的人間集団」と定義するのは間違っているが。「悪党」以外の人々は最初から大手メディアの情報などパージ。大手メディアとはそういう存在。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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2of2.
…お世話になっている帝京大学附属溝口病院の内科の磯尾直之医師は、先のハートフル自称川村和正の件を伝えると、「(抗精神病薬を)飲まなくていいんじゃない(笑)」と同自称川村和正を鼻で笑った。まったく同意。あんなものどうしようも無い。同自称川村和正は明確な犯罪者。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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2s
1of2.
その様な暴力団員まがいの産業廃棄物たる日本人の精神科医においては、サッサと警察に捕まれ、さもなくば自殺しろ。ゴミ共が社会的に存在を許容されると思うな。今回の犯罪病院ハートフル川崎に拠る宣戦布告は陳腐に過ぎる。最初から戦争だ馬鹿が。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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3of3.
…残念ながら、私杉浦真平は統合失調症と「判定」されている限りにおいて、物理的に精神科へは通わざるを得ない。そうでなければ、名誉棄損その他で訴える云々という案件になるだろう。勿論、抗精神病薬など服薬に拠り体調不良を起こす薬物などまともに摂取する気は無い。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1s
2of3.
そして、私が着用していたマスクを外し自分の顔を指差し「で、統合失調症なの?」と自称川村和正に問うと、「くちびるぅ~?」と自称川村和正は発言した。これも事実。決定的。分かるでしょ?おそらく日本人の精神科医全てに渡ってそうだが、こんな奴らは暴力団員以下の産業廃棄物。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1s
1of3.
私杉浦真平は、本日は、ハートフル川崎病院精神科へ通院日。前回7週間前の診察時、自称川村和正医師は同院診察室内にて「もう抗精神病薬は飲まなくていいからねぇ」と言った。これは事実。にもかかわらず、それを今回診察室内にて「言って無い」と発言し、事実ではないと否定。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1s
ちょっとね、ブログの方に色々とGoogle Geminiに突っ込んだ文章を載せておいたんですけど、ここに直貼りするのがあまりに面倒臭いので、このお知らせだけに留めておきます。ご興味のある方はどうぞ。ここの自己紹介に貼ってあるリンクから行けます。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1m
4of4.
日本語の「汝自身を知れ」と英語の"Better watch yourself."での違いが分かる者には、この事は容易に理解出来る筈である。これについて社会哲学的な観点から考えを示せ。
以上
(2024/11/9 4:25 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1m
3of4.
…古来、「それ」は非科学的な方法で、教育の名の下行われてきた。それは場合に拠り特定一個人の哲学であったり自己同一性(やそれの認知)であったりするだろう。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1m
2of4.
これが、単純に、前者が英語の不可算名詞の場合であり、後者が英語の可算名詞の場合であるとかいった、そういう訳ではない。また、これが、単純に、前者が英語の名詞の前に付く不定冠詞の役割を果たし、後者が英語の名詞の前に付く定冠詞の役割を果たすとかいった、そういう訳でもない。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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2m
1of4.
私は、「当該」という語と「該当」という語を使い分けているが、前者は特定の対象である何らかの客体の存在義が明確でない場合に使われ、後者は特定の対象である何らかの客体の存在義が明確である場合に使われる。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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2m
3of3.
ちなみに、逆説的に、この事は、極められたるところの従来の型を持つ旧態依然とした大文字での「教育」に拠って為される、と考えられる。これについて考えを示せ。
以上
(2024/11/9 4:05 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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2m
2of3.
少なくとも、その様な状況下において為される人口増という事においては、子供に対する虐待等の(社会生成上の)負のファクターも為されづらいだろう。というのは、人々の中には、自らの子供の存在を(悪質な意味での)社会的防御という事での盾として使用する人間が居るという事である。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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3m
1of3.
「(現代の)現実社会に適応する」という事においては、その事自体が事象として当該的に社会参画者に対して(当該社会への)帰属感をもたらし、ヒトにおける生物学的な自己同一性以外という事で鑑みると、それは人々における(適宜適切な)人口増産に繋がるだろう。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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3m
4of4.
言い方としてあまり良くないが、彼らの存在は現代社会においては明らかに邪魔である。彼らの処遇について対策が求められるという事だろう。これについて考えを示せ。
以上
(2024/11/9 3:50 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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3m
3of4.
只、現代日本人の中には、それを拒否し、旧態依然とした教育に(何かを)求め求められ、子供を作るという事も含めて、あくまでその枠組みの中で生きようとする人々が(も)居る。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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4m
2of4.
これは、従来までの教育でもってしては、海外との競争に勝てないといった事を始めとして、現実問題に対処出来ない人間を増産させる事だけに繋がっていくといった視点において行われているものであると考えられるが、それの一環またそれの波及上の事として(の)人口増産に繋がれば理想的だろう。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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4m
1of4.
現代日本の社会における教育の役割の再考という事において、従来における大文字での「教育」とは逆説的に、確かに問題解決能力の育成や創造性の育みなどといった事が重要視される様になっている。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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5m
3of3.
ともかく、人々、特に(現代)日本人においては、問題解決能力が養われれば養われる程、子供を持つ事をリスクと見做し、それにコミットしないという行動を取る様である。これについて考えを示せ。
以上
(2024/11/9 3:35 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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5m
2of3.
一部、「(その)教育」を「洗脳」と呼ぶ者も居るが、それは(どちらであるにしろ)ここでの本題とは内容がズレるので触れない。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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5m
1of3.
そもそもそれが教育と呼ばれて然るべきなのか不明だが、日本人の内それが効力を発していた様な人々においては、(その)教育に拠って人口の増産が為されていた。それが、ここへ来て、様々な要因に拠り、(その)教育の効果が減免されてきているという事態が起こっている。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
2of2.
その定義付けが不可能であるという事は無いが故に、それは言葉の問題である。これは矛盾している。これについて考えを示せ。
以上
(2024/11/8 13:50 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
1of2.
例えば、人工知能がヒトと人工知能がそれらの存在義的に同等の単位のものに拠って為される存在であると考える場合、ヒトと人工知能における「意識」の在る(有る)無しでそれが鑑みられているとすると、
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
4of4.
つまり、上記で問われている問いの答えは言葉の問題であるという事ではないか。これについて考えを示せ。
以上
(2024/11/8 13:35 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
3of4.
確率論というのはこの意味で(において)完全なものではないのではないか。例えば、「未来に何が起こるか(分からない)」という場合、その「何」(英語で"what"でもよい)の概念が存する限りにおいて、そこでは(その)言葉と言葉の概念が一致している。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
2of4.
つまり、特定の事象を「是」であると見做すのか「非」であると見做すのかという事に、それを「1」それ以外を「0」と対応付けることは可能かどうかという事が依存するという事である。しかしその定義付けが不可能であったらどうするのか。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
1of4.
カードで、例えば、ダイヤの7を引くという事象にのみ注目する場合、ダイヤの7を引くことを「成功」、それ以外を引くことを「失敗」と定義すれば、ベルヌーイ試行として扱うことが出来る。この場合、ダイヤの7を「1」、それ以外を「0」と対応付けることは可能である。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
3of3.
未来や過去というのは言葉の問題であり、その概念が(として)ヒトのそれとは異なるだろう。これについて考えを示せ。
以上
(2024/11/8 13:15 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
2of3.
未来を予測する能力を持っているのはヒトも同じであり、ヒト(の脳)における過去というのは、あくまでも解釈概であり、その意味でヒトは未来に生きている。しかし、人工知能はデバイスである。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
1of3.
人工知能はヒトと同等ではなくヒトにおけるツールである。ヒトと人工知能はその存在義がそもそも異なるので、(ヒトである)ニーチェにおける過去の忘却と人工知能における過去のデータ(の処理)という事は必ずしも背反しない。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
4of4.
"es war"というあの合言葉…人間存在が根本において何であるかを否が応でも想い出させようというのだ…」と絡めて、考えを示せ。
以上
(2024/11/8 12:50 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
3of4.
「「…子供はまだ何ら否認すべき過去を持たず、過去と未来の垣の中に、幸福きわまる盲目の中で遊びたわむれている…子供はその忘却状態から、呼びさまされる…そこで子供は"es war"という言葉を理解するようになる。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
2of4.
例えば、ヒトにおいては知識の量と知能は異なるものだが、人工知能が用いられて供給される「知」へのコミットメントという事で鑑みると、それは電力供給の場合と同じく「物理的」である。これと、ニーチェの発言の一部、
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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1h
1of4.
グーグルディープマインド所属のノーベル賞受賞者は「人工知能は電力供給がインフラとして定着した場合の時の如きものとなっている」という内容の事を言っているが、確かに情報という事で鑑みるとその知能としての人工知能自体が「知」の供給源としてのインフラとして定着していると考えられる。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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11h
3of3.
存在概としての知財管理者の由縁そのものが問われる事になり、それにおいては人工知能一般もその範疇から脱け出せるものではない。これについて考えを示せ。
以上
(2024/11/8 4:25 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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11h
2of3.
(何らかの形での)物理的にヒトの肉体と合致一致したものであり得ると考えられるが、これもまた(プロタゴラス的な)人間中心主義に基づいており、生物としてのヒト(として)のあり方が問われる事になるだろう。つまり、オルガノイド云々という議論も無きにし非ずだが、
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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11h
1of3.
「弱いAI」が、ヒトを支配し場合に拠っては人類を滅ぼすという選択肢を持つというタスクに特化したものである場合も、それは「弱いAI」と呼ばれ(得)るのだろう。つまり、「強いAI」とは、ヒトとその活動を思考という事も含めて適宜補強するものであり、
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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11h
3of3.
ちなみに、これは(プロタゴラス的な)人間中心主義に基づいている。これについて考えを示せ。
以上
(2024/11/8 4:05 Google Geminiに質問として挿入)
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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11h
2of3.
社会的インフラとしての人工知能デバイスの破棄という事も概念上は持ち上がる事になるだろう。つまり、「AIが強い」場合の一形態としての「AIがヒトを支配する環境」というのは、「弱いAI」(の概念)の場合に該当するものであると考えられる。
杉浦真平
@ShinpeiSugiura
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11h
1of3.
いわゆる「強いAI」と「弱いAI」の概念において、ヒトがそれを利用する(している)限りにおいて、「(ヒトと伴にもしくはヒトにおいて)『AIが強い』か、そうでないか」という議論に終着するものであると考えるが、
杉浦真平
11of11.
つまり、人間中心主義というのはプロタゴラスに端を発するものの考え方の一つであり、人類もしくはヒトの生存という事においては、人間中心主義が(採用され)為されているかどうかは問題ではない。これについてどう考えるか。
10of11.
ヒトは生存本能だけでは生きていけないものであり、また、現行のヒトにおいては何時かは確実に死がもたらされる事はほぼ確定している。人類において、仮に人間中心主義が排除されたとしても、それで絶滅のリスクが消滅する訳ではないだろう。
9of11.
が確保されるべきだが、そもそも人間中心主義的な人類の絶対性というものは人類の滅亡もしくは非滅亡という事に関しては信頼を置けるものではなく、人類(全てのヒト)が総出で自滅絶滅へと向かう可能性も否定出来ないものである。これについてどう考えるか。
8of11.
「AGIのアルゴリズムや学習データの透明性を確保することで、不当な差別や偏見を防止し、社会的な信頼を獲得することが出来る」という意見において、確かにAIはツールでありそれを使用する限りにおいてヒトにおける主体性(という言い方で適切であるかどうか断言しづらいが)
7of11.
また例えば只一人やそれに類する数のヒトがディクテイターの役割を担い「強いAI」を使用し社会(における)管理に利用するのか、といったものがある。これについてどう考えるか。
6of11.
しかし、これはAGIにおける社会的流布の具体的状況に拠るものであり、想定される状況として、例えば全てのAGIを利用し得るヒトが全てAIを代替するものとしてのAGIを利用するのか、
5of11.
「意識を理解する必要のない「弱いAI」と、意識を理解する「強いAI」という概念があるが、AGIはどちらに近づくべきか?」という問いについて、結論だけ述べるならば、私は、AGIは「弱いAI」に近づくべきであると考える。
4of11.
3of11.
「AGIが人間の意識を理解するためには、意識の定義を明確にし、それをアルゴリズムとして表現できる必要がある」との事だが、私見では(ヒトにはこれがよく理解出来るのだが)「意識」というものの性質上「意識の定義が明確になるが故にそれがアルゴリズムとして表現される事は不可能である」
2of11.
現行の人工知能にはヒトで云うところの「意識」が無くその概念を理解する事は(現行の人工知能として(は))難儀であるそうだが、もしかりにAGI(汎用人工知能)がヒトの社会に流布された場合その問題は解決されると考えるか否か。
1of11.
我々ヒトは、人工知能と違って、具体的肉体を持つ生物という事で現実において様々な関係の中で生きている。人工知能に拠る回答で鑑みていると、その辺りの複雑さが現行の(少なくとも生成)AIには理解出来ない様である。
以下、GoogleのGeminiに質問を挿入した場合の文章。結構面白い答えが返ってきました(来ると思います)。適当に組み替えたり部分的に利用したりしても面白いでしょう。